電車に乗ってるあたまの中 -2ページ目

白の向こう側 vol.1

3月3日の午前3時33分33秒。


その「3」の時間を迎えた瞬間に、

白い壁をさわると、

「真っ白な向こうの世界」にいっちゃうんだって。


一度「向こう」にいってしまった子は、

再びいつかの「3」の時間に、

同じ壁を「次の子」が触ってくれないと、

出られないんだって。



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小学校の時、誰も彼も、噂ばなしや

「不思議な世界」の中に生きていた。

「3」の時間と「白い向こうの世界」の噂話をきいて、

みんなで震え上がったものだ。


ちょっとませた子などは、

「わたし、夜中に内緒で起きて、やってみる」

などと言ってのけ、

「私がもし、白い世界にいっちゃって、

明日から学校にこなくなっちゃったら、

誰か次の年に私を出してね」

と迫り、みんなの固い友情を確かめあっては

互いに目に涙を浮かばせた。


 

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ナミコに再会したのは、小学校を卒業してから

8年ぶりの、成人式でのことだった。


ナミコは、小学校の時、クラスでも中心のタイプで、

目鼻立ちもととのった、かわいらしい顔をしていた。

「白い世界」の話でクラス中の頭が

埋め尽くされていたときに、

「挑戦してみる」発言をしたのも

何を隠そう、ナミコ、であった。


中学校から、ナミコは私立に行ってしまい、

それ以来全く会っていなかったので、

どんなに美人に成長しているか、

若干楽しみにしながら、成人式へと赴いた。



しかし、会場で私に

「久しぶりね」

と声を掛けてきたのは、

げっそりとやせ、肌つやも到底二十歳とは思えない、

「見たことのない女」だった。


誰だが判らず、困惑している私に、

「あ、あまりにも久しぶりすぎて、判らない?

ナミコ、よ。おぼえてる?」と。


やつれたことで、奥まって

より一層大袈裟に大きい瞳は笑わないまま、

口元だけ左右にぐっと引く具合で

奇妙な微笑みを投げかけられた。


その、あまりの変貌ぶりに

眉間をひそめてしまったことに気付き、

慌てて笑顔を整えてから、

「すごい!やせたね~。

あ、でもなんせ小学生だったもんね、うちら!

変わって当たり前か!」

とおちゃらけて見せた。


ここでようやく、ナミコが目を細め、

「ふふ、りっちゃんも変わってないね」と

自然な「笑み」を返してくれた。



・・・この「笑み」で忘れたくても、忘れられない、

ナミコとの「最後の思い出」が蘇った。



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第二話へつづく

終わりたくない vol.6 -最終回-

それからというもの、

ものの「おわり」が近づくと、

恐怖に身を縮める日々が続いた。


まさか、これにも?

と思うと、

その考えを見透かすかのように、

「おわり」に「用意」されているのだ。



挙動不審になっていく自分を

友達はからかいながらも、

気の毒そうに見ていた。



落ち着け・・・



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ある日、帰宅途中の電車の中、

見えない「なにか」に怯えるのを

押さえるために、

文庫本を手にとった。


もうすぐ、この本も、読み終わる。

結末に、集中しろ。。。

自分を言い聞かせようと思った瞬間。


めくる手が止まった。



ある。


次の最終頁に、


あの


赤いにじみが。



こわい。

こわい。


人がこちらを、ちらりと振り返るくらい

手が震える。


恐る恐る、頁をめくる。







終わりたくないです。




手が極度に震え、

本が手からずり落ちる。

恐怖に絶えられず、

降りたことのない駅で途中下車をする。



恐怖と、疲労からホームの椅子になだれ込む。

天地が逆になるようなめまいがあり、

椅子に上半身を預けた。

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気を失ったのだろうか。


気が付くと、とっぷりと日が暮れて、

ホームにも人影は見当たらない。


まずい、今何時だ。


その時、アナウンスがホームにこだました。


まもなく、2番線に列車が到着します。

到着する電車は、S駅行き最終電車となります。


やばいな、そんな時間とは。

自分が情けない。

尋常じゃない・・・。



キーーーッ。

最終電車が目の前を塞いだ。

ごとっと機械的に開く、

ドア。


一番後方となる車両に慌てて乗り込む。


人影は、見当たらない。

座席シートに身をゆだねる。


ゴトンゴトン、ゴトンゴトン


規則的な列車の音に

耳をすます。

心地よく眠りが迫ってくる。


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まもなく、終着駅となります。

どなた様もお忘れ物のないよう・・・



まずい!また寝てしまった!


車内アナウンスの声で飛び起きた。


終電で終着駅まで来てしまったなんて・・・

馬鹿をやるにもほどがある!




その時。



蚊のなくような声で、

囁きが聞こえた。


ほんと、終わりが好きなのね・・・


恐る恐る後方ドアに目をやると



あのつややかな前髪が



目の前を



真っ黒に染めた



*--------おわり-----------*

終わりたくない vol.5

驚きと、その異様な事象に

吐き気をおぼえながら、

リンスの蓋をこじ開ける。


床にボトル口を打ち付け、

中身を出した。



うっ。


まただ。

また、同じ布切れが。


おそるおそる布を広げると、

リンスで一部不鮮明だが、

やはり同じ台詞が書かれている。



・・・まさか。


自分の発想に怯えながら、

まだまだたっぷりと入っている、

ボディーシャンプーの中身も振り出す。


ぼたっ。


重そうに音を立てて、

当たり前のように、

また「布」が出てきた。



出てきた3つの布を恐る恐る並べる。

全部同じ筆跡、同じ赤、同じ台詞。

この前のトイレットペーパーとも同じな気がする。


ふ、と記憶が眉間あたりを、かすめた。


この字・・・!

あの女だ!


地味でうっとおしい、前髪しか印象がない、

あの女の字と一緒だ!




別れを宣言してから、数週間の間、

毎日毎日、「手紙」をポストに入れられた。

その内容はいつも、いつも、

「ごめんなさい。

もう一度会いたいです。


終わりたくないです。」

と。



怒りと恐怖で震えが止まらない。


畜生。

あのアマ、ふざけやがって。

一体どうやってこの部屋に

入り込んだんだ!


忌々しいもので洗ってしまった

髪や体をシャワーの熱い湯で

皮がむけるくらいこすり流す。



あと一体どれだけのものに、

こんなものを仕掛けてるんだ。


そう考えると、怒りより、むしろ恐怖が沸き起こってきた。


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第6話へつづく


終わりたくない vol.4

トイレットペーパーの芯事件で

製造元にクレームをいい、

残りのペーパーもすべて製造元に返し、

新しいものを送ってもらった。


今度こそは最後まで気持ちよく使い切りたい。



そんな矢先。


使っていたシャンプーとリンスが

同時に切れた。


ポンプの「スカ」という音を楽しんでから、

ボトルのねじ蓋を回しあけ、

最後の「のこり」を出すために

ボトル口に手をあてて、数回さかさまに叩いた。



すると


手の上にドロッと広がる液体の中に

なにか異物が混入しているのが

分かった。



再び、「おわり」を邪魔されたことに

異常な憤りを感じながら、

異物をつまみとった。


その感触、ぬれた布切れのようだった。



最近の製造業は一体なにやってんだ!

品質管理という概念はないのか!


シャワーで布についたシャンプーを

洗い流し、濡れそぼった布切れを

広げた。







うわっ!!




思わず布切れを壁に投げつけた。


そこには


「終わりたくないです。」



と赤字で書かれた、見覚えのある台詞があった。



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第五話へつづく

終わりたくない vol.3

剥き出しになったペーパー芯に

何か模様のようなものが

入っていた。


一瞬、昔新聞回収と交換に配られた

トイレットペーパーの芯に

「毎度ありがとうございます」

と印刷されていたことを思い出す。



若干懐かしい気持ちになり、

その模様に焦点を合わせた。



その瞬間、自分の目を疑い、そして混乱。





「終わりたくないです。」

そう、芯に記されている。



・・・・?なんだ?

ギャグかなにかか?


目の前に近づけてじっくりとみる。



ざわっ。


背中の産毛が逆立つのが分かった。



手書きの文字だ・・・。


赤で書き込まれたその文字は、

きちんと「手書き」であることを指し示すかのように、

マーカーのインクのにじみまで見える。



おいおい、ふざけるな。

製造過程でのいたずらか?

製造元にクレームだな、こりゃ。

こんなんを一ロール分も使い切ってしまった。

なんて「心地悪い終わり方」なんだ。

くそ。


無性に腹が立ち、

芯を思いっきり投げ捨てた。



しかし、この日を境に、

奇妙な出来事が起こるようになった。


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第四話へつづく

終わりたくない vol.2

ある夜のこと。


久々の合コンで、「まあまあ、まずくない」女が

数人、向こうから言い寄ってきた。

気を良くしたのと、暇だったこともあり、

とりあえず全員と約束をとりつけた。

その場での酒も、進んだ。


しばらくこれで、楽しめそうだ。


我ながら、情けないほどにやにやしながら、

自分の家のソファーに身を沈めた。




何時間たったのだろう。

自分としたことが、どうやらジャケットを着たまま

ソファーの上で寝込んでしまったらしい。


ソファーの背もたれに

不自然に掛けていた左腕が

痺れてはがゆい。


いてててて。。。

うめきながら、忌々しく皺が寄ったジャケットを

ハンガーにかけ、その足でトイレへと向かった。



お!

トイレットペーパーがもう切れそうだ。


すっと頭が冴えるのを感じ、

残り僅かなトイレットペーパーがまとわりついた

芯を、ホルダーからはずした。



する、する、、、ぺりりり。


芯からペーパーが剥がれるのを

指先の感触で楽しむ。



たまらない。




と感じたその時。


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第三話へつづく


終わりたくない vol.1

もうすぐ、分厚い小説を読み終わりそうだ。

残りのページを満足げに

パラパラパラと指でめくって、

鞄に仕舞い込んだ。



なんでも、終わりをみるまでやり尽くしたり、

使い切って終わるのが好きだった。


歯磨きはも、チューブの「背」と「腹」が全面的にぺったりと

くっつくまで。

トイレットペーパーも、最後の、若干芯に張り付いてる部分を

ペリリと剥がすとき、この上ない嬉しさがこみ上げた。


不要となった容器等をわざわざ遠くから

ゴミ箱へ投げ込む。

そして新しいストックの封をきる。

これで完璧だ、と自分の中でルールをつくっていた。


そんな自分を見て、友人はみな、

「見てるほうが気持ちいいくらい、

終わりまで使い切るよな。

でも、女に対しても同じように扱っていると

いつか恨まれるぞ」

と、冷やかすように忠告してきた。



そう、付き合う「女」に対しても、

「使えなくなる」まで付き合って、

もういらないな、と思ったら、スパッと捨てる。


気がついたらそうやって、生きてきた。

丁度いいことに、女に困ることがなく、

ストックが常にあるのも、一因かもしれない。



そんな僕が一回だけ、

興味本位で、地味ではじめから

「使い切られている」ような女と付き合った。


こちらから話しかけたりするだけで、

一々赤くなって俯くのが、馬鹿らしく、面白かったのだ。


付き合い始めても、そのつまらなさは変わらなく、

1ヶ月間付き合って2、3回一人暮らし宅に招き、

適当にあしらって、最後に

「使えねーやつだな」と一言で関係を終わらせた。


あんなに印象に残らない女なのに、

その別れ際の、悲しみか、怒りで震える

つやつやと伸びた前髪が

忘れられない。



そんなある日のこと・・・


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第二話へつづく

居場所 vol.12(最終回)

 

てっぺんまで登りつめ、外の空気に

触れられる時がきたのだ。

要塞の、世界一高い場所まで

登りつめたのだ。

 

さまざまな妄想が波のように押し寄せる中、

手を、間口の縁に掛け、

一気に体を引き上げた。



出れた!


興奮しながら、

疲れているのも忘れ、

出口の淵に立った。


荒い息で咳き込み、

眩暈を覚えながらも

必死で周囲を見回した。





どんっ。


首のあたりが大袈裟に一回、脈を打った。











出れてない。


自分は、「そこ」から、


出れていなかった。



「出口」の淵は、無機質な金属の床へと続いており、

四角い一つの部屋を形成している。

今上がってきた「穴」は、ちょうど今の四角い部屋の

中央にぽっかりあいている状態だった。


不思議な部屋だ。

四方八方、「つなぎめ」のない金属の壁。


青空だとおもっていたのは、

青い

「天井」

だった。



よくよく見ると、

「天井」は唸る機械音とともに、僅かではあるが

動いている。


そう、アンティークの時計のように、

時間とともに、空の「画像」が動いているのだ。




一体なぜ・・・。

どうして、誰がこんなことを。。



今までいた、円形の穴とは打って変わって、

ここは隅から隅まで照明で照らし出された

明るい空間。


それだけに、もう、「逃げ場」がないことが

嫌でも身にしみる。



と、そのとき。


だだだだ、と「天井」が音を立てた。


だだだ、、、だだ。


まただ。

右から左へ、左から右へ。


それは、人の足音である、と気付くのに、

そう時間を要しなかった。


そして、かすかに聞こえる、人の声。

人だ、人がいる!




声にならない声で、叫んだ。


だれか!ここだ!

出してくれ!



しかし、返ってきたのは、

その言葉を無視するかのような、

慌しい足音だけ。


だれも、自分の存在など、気付かないかのように。




かつて、自分は高い土地に築かれた、

要塞にいると思い込み、

人々を眼下に見下ろす位置にいると、

本気で信じた。


青い天井は、生きる唯一の希望だった。



そして、・・・絶対出れるとおもっていた。




しかし、今は、一切の希望が絶たれた。

何回も叫んだが、

極端に疲労するだけだ。


おれは、一体どうすればいいんだ。

おれはどうしてここに。

おれは誰なんだ。



いま、自分以外にあるもの。


それは、暗く湿った丸い空間と、

冷たく、明るい四角い空間の、

二つの


「居場所」だけ。


END------------


居場所 vol.11

それからというもの、
窪みが浅すぎる箇所で滑って落ちたり、

爪をはがしたり。
窪みと窪みの幅が異常に広く、
移動に苦労したりしたが、
めげずに無我夢中でのぼった。



異常に体力を消耗しやすい移動のため、
もうこれ以上無理だ、という時点で
「下見」ということにし、
来た道を下り、
次の日また同じことを繰り返す、
という日々が続いた。




ある程度「なれ」が出てきて、
体力も付き、
腕の筋肉も隆々としてきたある日のこと。

非常に調子がよく、
黙々と登っている間に、
壁の苔が次第に薄くなっていることに
気付いた。


ふと頭上を見上げると、

限りなく出口に近いではないか!


今までの疲れもわすれ、

広がる青空にいまにも摑みよる勢いで、

ちいさな窪みと次から次へと渡り、

遂に、その瞬間が来た。


居場所 vol.10


暗闇になれた目に映し出されたものは
壁の「窪み」だった。


始めは、石壁の一部が欠けた程度かと思ったが、
よくよく見ると、
最初に発見した窪みの更に上にも
ところどころ、不規則に窪みが見えた。



その窪みは


まるで壁面の梯子のような具合に
上へ、上へと伸びている。


この窪みが、頭の上に広がる出口まで
続いていれば、出れる!


その考えが浮かんだ瞬間、
再び「出れるかもしれない」ことへの
興奮と、生への執着が、
激しい鼓動と共に押し寄せてきた。



しかし、問題があった。


まず、窪みが浅めで、

しかも
指4本を詰め込むと、
もういっぱいになってしまう程度の
大きさしかない。


そして、一番の問題。

一番最初に手掛け・足掛けとなる窪みが、
かなり上部にあるのだ。


辛うじて片手でくぼみに触れる程度のことはできるが、
次の上部窪みへと進むなんて芸当は
出来そうもない。


思わずジャンプをしてみたが、
窪みに手を掛ける以前の問題で、
「ただジャンプしただけ」で終わってしまった。


またか・・・また出られないのか・・。
と再び絶望が押し寄せそうになった瞬間、
はっとした。


部屋の中央に未だじっしりと
鎮座している、壁から引き出されたブロック。


・・あれを踏み台に・・できるよな?


あわててブロックに駆け寄る。
ブロックを横から押すと、
以前引き出した時のように


ココココココ」と

音をたてながら、動かすことができた。


猛烈な勢いでブロックを壁面へ寄せる。


緊張で痺れる足を
勢いよくブロックの上へ駆け上がらせる。



余裕で届く!


最初の窪みに左手、
そして次なる上部の窪みに右手!

なんという発見だ!


「今度こそ」という希望に
眩暈がしてブロックから転がり落ちる。

しかし、興奮のあまり、痛みも感じない。


窪みの配置からして、
のぼり始めは、両手だけでのぼらなくてはならないが、
そんなこと、ここから出られないことに比すれば、
全く苦ではない。


一通り喜びを噛みしめた時点で、
日の出てるうちに登ろう、と決心し、
再びブロックに両足を置いた。