電車に乗ってるあたまの中 -3ページ目

居場所 vol.9


そこからしばらくの間、
自分が何をして、何日間過ごしたのか
記憶がない。


気付いた時には、
また部屋の中央に、いた。

今度は引き出した石壁の一部を、

椅子のようにして座っていた。



宙を仰ぐと、相変わらず雲のない天から

日の光が降り注ぐ。


それとは対照的に

自分に「束の間の喜び」を与え、絶望を押し付けた

あの陰気な暗闇は、

こちらを監視するように、

じっとりと空間を支配している。



「やることがない・・・

つかれた・・・」


頭で思ったことを口に出してみる。


夢物語のつづきでも考えて

楽に狂っていこうか・・・。


そう思い立ち、出来る限りの想像を膨らます。


そんな馬鹿な自分を照らし出す光が

異常に憎く、

ふらりと立ち上がり、あの闇の一角へと

すり寄っていった。


こちらの方が自分にはお似合いだ。

ここでずっとうずくまって、

終いには腐っていくんだ。


腐った身体は苔むして、ここの壁と一体となり、

そしてこの空気と一体になるんだ。



暗闇に目がなれてきた。

まさに、「壁」と一体になるかと思った瞬間。


壁面に「それ」をみつけた。

居場所 vol.8


ぽかりと間抜けに開く出口に
身を縮めこめ、
中の更なる暗闇に
あらゆる希望をもって手を伸ばした。


ひたっ。


指先に走った冷たい感触に驚き、
肩が痙攣を起こしたように動いて
手の甲を石壁の穴の上部壁に
強打した。


それと同時に
迫り来る絶望を信じまいと
嘘のように脈拍が高まる。






塞がっている・・・。


石壁の一部が抜けたその先は、
さらに同じ石壁だった。



ぽかりと空いた空間は、
先ほど抜けたブロックと
同じだけしか空いていなかった。




なんなんだ!


怒りともつかない、今までに
感じたことのないものが
肩や下腹部や四肢の末端に溜まっていく。
呼吸が出来ない。


お、お、と声にならない
音が口から漏れる。


出られない。
出られない。
出られない。


出られない、と何度も口走っている自分を
どこか客観的に見る自分がいた。

居場所 vol.7

予想外の展開に動悸が高まる。


どうやら以前ここを壁づたいに一週した際には、
主に肩から上の高さしか調べていなかったため、
足元の違いに気付けなかったようだ。


興奮に震える身体を
鼻から呼吸することで抑え、
取っ手をぎしりと握り締めた。


とりあえず右横にぐっと引いてみた。
反応のないことを確かめ、
今度は左横。

びくともしない。


次に腹に力を入れ、手前に体重をかけ
思い切り引いてみる。


驚いたことに、手ごたえがあった。


意外にもすんなり、
コココココ・・・

という音を立てて
滑らかに石の壁の一部が
引き出しのように抜けた。


興奮によってがたがたと抜けそうになる両腕で、

精一杯それを引き出した。

すると、丁度50cm四方ほどの
ブロック状に切り取られた石の塊が
石壁より切りはなされた。


出口だ!抜けれる!


そう叫んだ瞬間、

驚くほどの涙があふれ、それとは反対に
のどが張り付くほど渇いた。

嗚咽とも笑い声ともとれない
声が不自然に自分の口から漏れた。

居場所 vol.6

再び、この空間に、「何か」がないか
捜索し始めた。


しかし、壁をこつこつとたたいてみても、
思い切り蹴飛ばしてみても、
大声を張り上げてみても、
特に変化は見られない。


諦めかけたその時、ふと、
避けて通っていたあの部屋の暗がりの一角が
目にとまった。


いつまでも「陰気臭い」からという
馬鹿げた理由で避けるわけにもいかないだろう。

そう思うと、暗がりまでずんずんと
歩を進めた。


その暗がりは、相変わらず
苔のような湿ったにおいと空気が滞っていた。

多少抵抗があったが、
暗闇で目は頼りにならないため、
手探りで壁の様子をみる。

じっとりとした石壁の感触が
背骨の辺りの毛穴をぎゅっと締め付ける。



・・・別になにもない。

深いため息をつき、
壁に手を這わせながらしゃがみ込んだ。



こつっ。





しゃがみ込む際、丁度腰骨の位置辺りの壁に
なにか手に触れる突起物が認められた。


あわててもう一度壁に手を這わせて
探してみる。


こつっ。


あった。


それは石壁よりもひやりと冷たい、
鉄棒を捻じ曲げて
取っ手にしたような格好のものだった。

居場所 vol.5

ある程度、高度のあるところ、

そしてなにか大きなものを動かす機械音。


なにか特殊な施設に自分は
幽閉されているのでは、と考えを巡らせる。


石造りからして、要塞のようなものか。
そうだとすると、雲をも越してしまう
高い山のてっぺんに、そこまで大きな建物を
構築するとなると、莫大な費用、人件費を
要するだろう。

背景に巨大な権力が関わっていることが、考えられる。

・・その権力によって、自分は記憶を奪われ、
このような場所に幽閉されているのだろうか。


そうなると、幽閉されるに至った自分は、
その強大な権力にとって、
とてつもなく重要な、存在なのではないか。


「自分」という存在に何も手がかりを見出せなかった私は
その発想に胸をときめかせた。

自分は「悪」で閉じ込められているのか、
それとも「善」か。


おそらく、「善」だ。
「悪」であれば、こんなところに幽閉せず、
手早く殺してしまえばいいのだ。
「悪」を生かすために、このような場所を
用意するのは、無駄が多い。

「善」であれば、殺すまでもない、
きっと思想的ななにかで、
外界で主となる権力に立ち向かい、
ここに幽閉されるにいたったのだろう。


そう考えていると、単純なもので、
失われかけてた「出口探索」への興味が
一気に蘇ってきた。

「ここをなんとしてでも出て、真理の追究を。
そして、仮説があっていたら、
直ちに正義を守らねばならない。」


何の根拠もない仮説を、
信じて行動力の糧にすることで、
ようやく私は「生きる」ことを意識しはじめた。

居場所 vol.4

それから幾日か過ぎたようだが、

「ここ」から出る方法が見つからなかった。


かわりに不思議と腹もすかぬまま、

「ここ」は一体どこなのか、と

思いをめぐらす日々がつづいた。



日に日に微細なことに気付き出す。

当初は、耳鳴りかと思っていた音も、落ち着けば

遠くでごうんごうんと唸る、機械音とも取れなくない。


唯一の希望とも言える、頭上の天窓のようなものからは、

不思議と雲らしきものが見えたり、雨粒が落ちてくることがない。

雨が降らない、万年灼熱の砂漠のようなところに

この建物はあるのだろうか。


いや、しかしその割に、

ここの温度は晴天の割りに、若干肌寒いくらいだ。

適度な湿度も、肌や髪の具合からあるように思える。



暇な時間の妄想はこれらの事実を元に

繰り広げられていった。



まず、見える空に、「雲がない」という点だ。

いくら晴天続きといっても、

雨が降らないのはまだしも

連日雲がない晴天がつづく筈が無い。



・・・もしかしてここは雲が眼下に広がるほどの

おそろしく高度のある場所なのではないろうか。

若干の肌寒さから考えても十分あり得る話しだ。


そして遠くで相変わらず唸っている

機械音。

なにか強大なものを動かしているに違いない。


そこで、不思議なことに、自分がわくわくしていることに

気づき、驚いた。

居場所 vol.3

しばらくしてから

恐怖におびえていても何もならない、と気を取り直し、

辺りをぐるりと、そして最後に頭上を見上げる。


眠る前と、何ら変化がない。

相変わらず頭上には青空が、周りには冷たげな

石の壁。


とりあえずここから出なくては。


浮かんできたその考えに対し、

今更こう思うなんて、やはりどうかしている、

と自嘲した。


壁際まで歩き、壁に手を這わせ、

ゆっくりと確かめるように歩を進めた。


歩いて、この部屋は円形であることがわかった。

期待していた「出入り口」や「その他の何か」も、

当たり前のように無い。

あるのは、石の壁。


「ここ」は、結構な大きさを持つ空間だ。

日の傾き具合によって暗闇となった一角は

ぞっとするほどの暗がりと湿度をもっていた。

その一角を通る際、苔ともとれない香りが鼻先をかすった。

その香りを持った空気が肺に入り込むことが、異常に恐ろしく
足早にその一角を去った。


その日に行ったことは部屋をぐるりと一周歩いただけ。

あとは部屋の中央に腰を据え、

後ろ手をつきながら、日の差す方向が刻々と変化していくのを

眺めた。


やはり、先ほどの湿っぽい一角は、

一日中、日が当たらないようだ。

道理で陰気臭い雰囲気だ。

ぼんやりと、

あの部分にいくのは、避けよう。

と思った。


居場所 vol.2

どこだ、ここは。


自分でもあきれるくらい、単純な疑問しか

あたまに浮かばない。

辺りの静かさとは逆に、

耳の奥で脈打つ音が煩くて仕方ない。


おちつけ、思い出せ。


立ち上がり、ふらふらと壁際まで歩いていく。

混乱していて気づかなかったが、

今いる部屋、のような空間は、

思ったよりも広いらしく、

壁まで着くのに時間がかかった。


振り返った向こう側の壁は薄暗く奥まっている。


壁にもたれ掛かり、一息つくと、

更なる恐怖に、眩暈がした。


思い出せない。

自分がなんなのか。

思い出す、ものがない。


どこからきたのか、なぜここにいるのか。

そんなことよりも、自分という

人間がわからないのだ。



そのことに気づいた途端、

自分すら、他人に思えてきた。

浮かんでは消える思考も、

どことなく演技じみていて、馬鹿らしくなる。


一体この先、何をして、何を考えたらよいのだ。


気づかぬ間に、頭上から差し込む光が

違う方角に傾きはじめている。

極度の疲労を感じ、軽い眩暈をおぼえる中、

再び冷たい石に頬を寄せながら、眠りについた。


次に「目が覚めた」と感じたときには、

最後の記憶がある壁際から、部屋の中央部に

うつぶせになっていた。


寝ているときに、ここまで転がって移動をしたのか。

いや、歩いても軽く距離を感じたものを、

移動できるわけがない。


その気付きに、目に見えぬ、気が狂いそうな恐怖を感じ、

これ以上考えるまいと、固く目をつむった。


居場所 vol.1

背中があたたかい、と思い目が覚めた。


気づくと自分はうつぶせの状態で、ひんやりとした石畳の上に

頬をくっつけて寝転がっていた。

頬のひんやりとした感覚とは逆に

背があたたかいのは、上から降り注ぐ

日の光のせいだろう。



なぜ、こうしているのか。


は、と我に返り、腕を立てて上体をそらし、

当たりを見回した。


静かだ。


そして、思考が止まる。


今自分のいる状況にのどの奥がつまった。


石畳とおもわれていた平面は、

床だけでなく、四方八方、まわりをぐるりと

囲んでいた。


極度な緊張に吐き気がするのをおぼえながら、

思わず日の光が降り注ぐ真上を仰ぐ。

10メートルほどだろうか、

ぎっしりと詰まる石の壁の出口かのように

頭上はぽっかりと空いて、青空がのぞいている。